拳法道拳仁館城西道場

拳法道拳仁館城西道場の活動を紹介するページです。

出稽古にお邪魔しました。

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  1. 2017/04/10(月) 11:28:28|
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1999年10月の記憶③

その後私の師範である福岡道場の先生の弟さん(私は佐賀の先生と呼んでいた)が「青木君、がんばったね」と声をかけてくれたことを覚えている。しかしこのとき私は佐賀の先生のことがわからなかった。「知っている人のようだけど誰だろう?」と感じていた。でも福岡道場の先生はわかる。つまり私は数年前からの記憶はあるが、数か月前までの記憶は飛んでいる状態だったのだった。生まれて初めての記憶喪失(一部)を体験しつつ表彰式が始まった。私を倒した選手は最優秀選手賞に選ばれた。そして記憶もだんだん戻ってきた。銀メダルをもらった。組手の試合で賞をもらったことはとてもうれしかった。
そしてさらに拳法に打ち込んでいこうと気合が入ったことを覚えている。
  1. 2017/03/02(木) 15:23:44|
  2. 一到館
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1999年10月の記憶②

私が倒した選手は担架で運ばれていった。私は「大丈夫ですか!」とか声をかけていた。
別の師範からは「内心はうれしいとおもっとろう」と言われたがそれは今でも自分ではわからない。さほど時を経ず、決勝戦が始まった。相手は誠王会ではなかったが、葉隠会道場の選手であった。私は試合開始の合図と共に前回同様突っ込んでいった。しかしなんだかフッとあたった感触がしない。そしてビキッという音とともに視界が緑色になったような気がした。そして床を見ている自分がいた。今起きたことは錯覚であったかのように試合が再開され、また私は突っ込んでいった。そしてまた緑色の世界を見た。そしてまた錯覚だと思い、また戦おうとしている自分がいた。しかし実際には相手の上段回し蹴りが私に決まっていたのだ。きれいに2本。相手は私の突進戦法を見切りステップバックして上段を決めたのだろう。そして試合終了。訳も分からず待機場所に戻っていった。こうして福岡に移住後の初の大会が終了した。
  1. 2017/03/02(木) 15:08:45|
  2. 一到館
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1999年10月の記憶①

 前回の試合はいわゆる「瞬殺」であった。相手は葉隠拳法道の中でも実戦派で名高い誠王会。上段回し蹴りをくらって数秒であった。あごがおかしくなってしばらくものを食べるのに苦労したのを覚えている。だから今回は勝ちたい。何をしたらよいのかわからないが全力を出したかった。
 1999年の夏、私は東京の会社を辞めて、体一つで福岡へ。なかなかみつからないと思われた就職も1月ほどで見つかった。拳法にますます打ち込もうとした矢先であった、。
その決まった会社を3か月で首になってしまったのた。
とてもショックであった。しかし生来の性格のせいかなんとなく「大丈夫だろう」とも思った。
 住んでいた寮にはひと月いてもよいということだった。じゃあもう拳法の大会に向けて鍛える以外にない、と思った。近所をワンツーを打ちながら走った。昼も夜も。
 その間に次の就職もきまった。しかし、入社を翌月まで待ってもらった。本当の自分のしたいことをするのにほかのことまで焦る必要はない。
 そして十月下旬、佐賀県鹿島市にて拳法の大会が実施された。社会人のクラスは七名でしかも私はなぜかシードにしてもらっていた。
 一回戦、白帯だったが私より大きい相手だった「始め!」の合図とともに突っ込んでいった。とにかく連打だった。そうしたら相手が倒れていた。あとでビデオをみたら左の上段回し蹴りが入っていた。葉隠拳法にて初の1勝だった。というか組手の試合での初勝利であった。
  1. 2017/02/24(金) 16:56:58|
  2. 一到館
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夏の日の一コマ

7月になり暑いですが拳士たちも負けずに燃えています。

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Ryosuke君、Teruki君頑張れ!




休憩中です。

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すごい逆立ちだ!

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テーマ:拳法 - ジャンル:ブログ

  1. 2011/07/16(土) 15:16:17|
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