拳法道拳仁館城西道場

拳法道拳仁館城西道場の活動を紹介するページです。

1999年10月の記憶②

私が倒した選手は担架で運ばれていった。私は「大丈夫ですか!」とか声をかけていた。
別の師範からは「内心はうれしいとおもっとろう」と言われたがそれは今でも自分ではわからない。さほど時を経ず、決勝戦が始まった。相手は誠王会ではなかったが、葉隠会道場の選手であった。私は試合開始の合図と共に前回同様突っ込んでいった。しかしなんだかフッとあたった感触がしない。そしてビキッという音とともに視界が緑色になったような気がした。そして床を見ている自分がいた。今起きたことは錯覚であったかのように試合が再開され、また私は突っ込んでいった。そしてまた緑色の世界を見た。そしてまた錯覚だと思い、また戦おうとしている自分がいた。しかし実際には相手の上段回し蹴りが私に決まっていたのだ。きれいに2本。相手は私の突進戦法を見切りステップバックして上段を決めたのだろう。そして試合終了。訳も分からず待機場所に戻っていった。こうして福岡に移住後の初の大会が終了した。
  1. 2017/03/02(木) 15:08:45|
  2. 一到館
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1999年10月の記憶①

 前回の試合はいわゆる「瞬殺」であった。相手は葉隠拳法道の中でも実戦派で名高い誠王会。上段回し蹴りをくらって数秒であった。あごがおかしくなってしばらくものを食べるのに苦労したのを覚えている。だから今回は勝ちたい。何をしたらよいのかわからないが全力を出したかった。
 1999年の夏、私は東京の会社を辞めて、体一つで福岡へ。なかなかみつからないと思われた就職も1月ほどで見つかった。拳法にますます打ち込もうとした矢先であった、。
その決まった会社を3か月で首になってしまったのた。
とてもショックであった。しかし生来の性格のせいかなんとなく「大丈夫だろう」とも思った。
 住んでいた寮にはひと月いてもよいということだった。じゃあもう拳法の大会に向けて鍛える以外にない、と思った。近所をワンツーを打ちながら走った。昼も夜も。
 その間に次の就職もきまった。しかし、入社を翌月まで待ってもらった。本当の自分のしたいことをするのにほかのことまで焦る必要はない。
 そして十月下旬、佐賀県鹿島市にて拳法の大会が実施された。社会人のクラスは七名でしかも私はなぜかシードにしてもらっていた。
 一回戦、白帯だったが私より大きい相手だった「始め!」の合図とともに突っ込んでいった。とにかく連打だった。そうしたら相手が倒れていた。あとでビデオをみたら左の上段回し蹴りが入っていた。葉隠拳法にて初の1勝だった。というか組手の試合での初勝利であった。
  1. 2017/02/24(金) 16:56:58|
  2. 一到館
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2016年の納会です。

本当にみなさんお疲れ様でした。


  1. 2016/12/22(木) 11:30:21|
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実力者集結!

  1. 2016/10/07(金) 10:21:39|
  2. 城西
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昇級試験合格おめでとう!

拳仁館ではここ2か月四級、三級、二級、一級の試験ラッシュでした。

各級を見ていて感じたことがあります。

それは皆実力がきちんとついている、ということです。

いってしまえば簡単ですが、これが実現できる状態にいるには

①練習にきちんと来ていること
②ちゃんと課題をこなしていること

が必要です。

まだ試験がおわっていない拳士もいますが、途中経過は皆順調です。

こんなしっかりした拳士たちと練習をできていることに本当に感謝します。
  1. 2016/08/25(木) 16:04:33|
  2. 城西
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